English/ 英語

About Us

チャネリング
公開チャネリング
個人セッション

チャネリング情報
クライオン
ロバート・シャピーロ
アンマ
ガイア
クツミ

トッド・オボカイティス博士
ロバート・コクソン

エネルギー・ワーク
EMFバランシングテクニック

イベント
イベント・セミナー日程
スピリチュア・ツアー
 
プロダクト
ヒーリング音楽
ソウル・ペインティング
タキオン

 [リンク]
 [お問合せ]

 [Home]



Naomiの部屋

 
オマーンの一週間  2009年12月

朝、5時半にホテルを出発、ルクソールからカイロへ、そこからマスケットに向かう。
オマーンがどんなところなのか、ほとんど知らなかった。
いくことになってからインターネットで基本情報を調べた程度。
ドバイの隣の、石油のでる豊かな国で、新しいスルタンがこの数十年で経済や治安を立て直したらしい。
アジア人の、特に女性は地位が低いというようなことも書かれていた。

それでもニビ(レイの妹)はインド人の女性なのに国営の企業にゼネラルマネジャーとして雇われているくらいだから
あからさまな差別はないのかもしれない。

エジプトでもそうだったけど、飛行機の中はまさに男の世界。
子供を抱いた二人の女性は黒の服とスカーフですっぽり身を包んでいて、あとは男の集団が大声で
話したり笑ったりしていた。黒尽くめの女性を見て少し落ち込んでしまったけど、ここでも意識的に
心を開こう、と決めた。どんな経験を選ぶか、私次第なのだ。

空港について、愛想のいい入管の女性から問題なビザを受け、空港からきれいに整備された高速?
道路を通って空港から30分くらいの閑静な住宅街にあるニビの家へ。
街はきれいに整備されていて、ごみも見当たらない。
運転のマナーもよくて、クラクションを誰も使っていなかった!これが中東??


向かいながら、シャロットが簡単に状況を説明してくれた。
国内は完全にスルタンによってコントロールされていて、乱暴な運転をすると通報されて
免許取り消しになるとか、汚い車で市内を走ると罰金だとか!
確かにきれいな車しか走っていない。
治安もよくて11時くらいに一人で歩いている女性もいるそうだ。
シンガポールみたい。安全そうではあるけど、少し窮屈にも感じる。

エジプトのタイトなスケジュールで疲れきっていたので、オマーンではのんびりすることにした。
ここでのハイライトはレイとお兄さんのスグナンとの26年ぶりの再会。
私はインドでスグナンの奥さんに会っていたけど、彼らが結婚する前にレイはアメリカに移ってしまい
奥さんにも会ったことがない。
結婚後、スグナン夫婦バーレーンに移住し、一人娘がいる。
周囲からの話ではかなり保守的でヴェーダ(ヒンズー教の聖典)を教えているということだったから、
ニューエイジ系のレイと外国人の私にどんな対応をするのか、ちょっと不安でもあり、楽しみでもあった。


皆がどんな再会をするのか楽しみにしていて、カメラを持って待ち構えていた。
ニビが空港からスグナンを連れて戻ると、アニヤと寝ていた私を姪が起こしにきた。
スグナンはレイが父親そっくりになった、と言ってハグして、レイがお母さんのお気に入りだったとか、
妹からよく聞いた話を話し始めた。
食事を終えてお土産の交換が始まった。
みんなスーツケースの半分以上がお土産でやっと荷物が軽くなる、と期待していたのに結局同じだけ、
またはそれ以上のものを受け取って帰りの荷物の重量を気にしなければならなくなった。

驚いたことに、スグナンからレイへのお土産はニューエイジ系の本やCDだった。
数年前、レイがスグナンに「神との対話」シリーズを送ったところ、書かれているすべての知恵は
ヴェーダにも書かれている。やはりヴェーダはすばらしい、とか言う返事がきたのでレイの中でスグナンは
ヒンズー教至上主義という先入観が出来上がっていた。
その彼がエックハルト・トールやその他の、レイも親しみのある作家の本をプレゼントしてくれたのだ。

スグナンと話してみると、実際はとてもオープンで、日本のことにも興味を示してくれたし、
チャネリングにもとても理解があった。
私も宗教に興味があったけど、結局ニューエイジ系にたどり着くことになったことなどを聞いてもらって、
やっぱりどの宗教も同じところを目指しているよね、という普通に友人と話しているような会話になっていった。

アニヤはというと、近所にインド人家族もたくさんいて、遊び相手がいるので楽しそうだった。
ちょうど同じくらいの年の女の子がいる向かいの家に一人で遊びに行って何時間も帰ってこなかったり、
その家族のパパに映画に連れて行ってもらったり・・・すっかり打ち解けていた。
オマーンは労働時間が短いらしく、銀行のマネージャーでも4時半には帰宅するようだ。
(ただ、朝は7時半出勤らしい)
でも、平日に娘を映画に連れて行けるなんて、結構いい生活だ。


オマーンではほとんど観光もしないまま1週間、のんびりと家族で過ごした。
レイの家族はよほどインド料理が好きらしく、全ての食事がインド料理。外食もインド料理。
レイがたまにはイタリアンとか中華にしない?と提案してみたけど、やっぱりインド料理でしょう、と
却下されてしまった。アニヤはカレーが食べられないので(致命的!)ご飯とチャパティしか食べられない。
持って行った即席の味噌汁が毎食のメニューだった。

オマーンには家族と会うという目的と、後は移住の可能性を探しに来た。
二人目の妊娠が分かって、最初の子育てのことを思い出し、あれは繰り返したくないと思い、
前とは環境を変えたいと思ったのだ。

アニヤが出来たことはすごくうれしかったけど、それまで自由奔放な生活をしていた私は
2年近く、そのギャップに対応できずにかなり憂鬱な、引きこもり生活を送ることになった。

元来面倒くさがりの私は、着替えをさせて、さらにおむつなどの準備をして出かけるのがおっくうで
ほとんど家からでなかった。
毎晩機嫌の悪い私をみてレイはコーヒーショップにでもいいから、一日一回、出掛けたほうがいい、と
繰り返しけど、体が重いとか、寒いとか、なんか言い訳をして行動せず、悪循環になってしまった。

私は自立志向で子供を生むまで人からのお金に頼ることもなかったから、仕事をしていない、
収入がない状態に自分に対して自責の念を持ち始めた。
考えてみれば、まだ子供のいない友人が多くて、その状況と自分を比べていたのだった。

申し込んだ保育所も20人待ち、と言うことだったし、近くに見つけた私立の保育施設は日当たりも悪く、
職員は疲れきっていて、アニヤは行くたびに熱を出して、身体を張って「行かない」ことを主張し、
職探しはあきらめることになった。

産んでから半年以上たった時、引きこもり状態でテレビだけが楽しみ、というような状態にさすがに
嫌気がさして変わろう、と決心して外に出るように努め、旅行にも出られるようになったけど、
本当に状況が変わったのは、一人だった時と同じことではなく、アニヤと二人で楽しめることを探し始めた、
2年ほどたった頃からだった。

私があまり楽しめなかったから、最初の2年間はアニヤにとってもベストな環境ではなかったかもしれない。
今回は前回の教訓を生かして、そうならないように環境を整えておきたかった。
オマーンはベビーシッターも簡単に手配できるから、仕事と子育ての両立が出来そうだった。


同時にレイも私もアニヤに出来るだけインドの文化を学んでほしいと思っていて、インド人の多い場所で
インド人学校に数年通うのも必要かな、と考えてもいた。
去年、ニビに4つあるマスカット市内のインド人学校のうち2つに申請をしておいてもらっておいていたが、
結果は3月に抽選で決まり、そして6月までに両親のどちらかに就労ビザが下りないといけないので、
オマーンに来て、まず居心地はどうか、仕事の状況はどうかなどを確認することにした。

ニビは駐在員なので所謂高級住宅、またエリアに住んでいたから安全で快適ではある。
レイはきれい好きなので、オマーンに着く前には、僕は日本に残って仕送りするよ、とか言っていたのに、
着いてからは2,3年住むのもいいかも、とか言いだしていた。
逆に私は人工的な生活が厭なので、夏は50度以上になるから外に出られないし、規則が
多そうなことを聞いて微妙な気持だった。
帰ってからレイとよく相談して、また仕事の状況を把握してから決めることにした。

1週間が過ぎ、ぼちぼち皆が帰国の途につきはじめた。
スグナン夫婦はバーレーン、レイは日本へ。本当、素晴らしい家族の時間を過ごせたね、と言って皆で
ハグをし合って、定期的に会おう、ということになった。
今度はどこで再会することになるのだろう?ニビのもう一人の息子が定住したオーストラリアか
スグナンのいるバーレーンか、日本だったりして。


私とアニヤはその日の夜、トルコ経由でイスラエルへ向かった。
夜中の12時に空港へ向かう。
スージャの夫、バブと長女のディープシカが見送りに来てくれた。
レイのすぐ下の妹であるスージャは、キャリア・ウーマンである一番下の妹、ニビとは全く逆のタイプ。
保守的で母性が強い、責任感の強い女性だ。
長女って、何か共通点があるように思う。
私の姉も、スージャも、ディープシカも、自分のやりたいことよりも家族に必要なことを率先して行うように思う。
長女って母親の責任を受け継いで、家族も頼ることになってその循環が起きるのかもしれない。
私が海外に住むような話をすると、姉は一緒に住んでもいないのに
「両親をおいてそんなに長く海外に行くなんて私は出来ない。」とか言いだして、驚かされた。
自由奔放で自立型のニビやディープシカの妹を見ていると、やっぱり末っ子の私と似たものを感じる。

レイの家族は私のことをどう見ているのだろうか?
私もレイも、家族や親せきは暖かく受け入れてくれているように思っている。
外国人だから規定通り査定されることがないので(多分)ラッキーなのかもしれない。
初めてバンガロールに行った時、完全にお客さん気分で、お客さん扱いを受けている私に、ニビに
本気なのか、冗談なのか、「本当は兄嫁(私)が家族の面倒をみるのよ。」と言われたことがあったけど、
聞き流しておいた。
レイは、私にも、アニヤにも、二人目の子供にもオマーンはいい方向性だと言っていたけど、どうなることやら・・・。

ナオミの部屋に戻る








Home