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自然出産

出産の経験はとても大変で「もうたくさん!」と言う感じでした。
こんなに痛いことを何故教えてくれなかったんだろうか?とか、
なんでこれを2回も3回もやる人がいるんだろうか?と疑問に思いました。
でも一般的には安産だったようで、1年経った今振り返ってみると
結構笑えます。しかもとてもいい環境で出産を経験することが出来たので
もう一度生んでみたいような気にもなってきました。



妊娠が分かってから、いろいろな人に話を聞き始めました。
まず病院。
水中出産をしてみたかったので、それがある助産院を捜すことにしました。

二人のスピリチュアルな友人が共通したことを言っていました。
話しかけたりエクササイズをしたりしてとてもいい出産経験をしたというのです。
二人の共通点とは:
・分娩時間が短い。(二人とも30分以内に生まれたそうです。)
・顔がきれいに生まれてくる。(生まれたての赤ちゃんはしわくちゃですが、
二人ともきれいでびっくりしたそうです。)

二人とも初産にしてはとても簡単に生まれてきたというのです。
私もその二人の話を参考に必要なエクササイズをしたり、語りかけをしました。

レイやロバート・シャピーロ曰く、赤ちゃんは地球に来るのを怖がって
いるから、安心させてあげると簡単に出てくるということです。
だからお腹の中にいるうちに話しかけておくことはとても重要なのだそうです。

実家の近くに助産院が見つかり、電話で話してみると、信頼できそうな
助産婦さんでした。
でも「助産院では医療行為は一切できないから、妊婦の状態が
よくないとここでの分娩は無理。ちょっと太り気味だけど、妊娠中毒
になったらここでは生めませんよ。」と言われ、頑張らなくちゃー
と思いました。


ロバート・シャピーロは絶対水中出産にしなさい、と言ってきました。
私もその気になっていたのですが、彼がイシスをチャネリングした時に生まれてくる子は
溺死した過去生があるので、水中出産をするとそのトラウマを思い出す、
という情報をもらいました。それで、水中出産はやめにしました。

しばらくするとつわりがひどくなり、通勤電車でも途中で降りてはくようになってしまいました。
それを聞いたロバートが次の言葉を毎日言うように勧めてくれました。

"I request that my day to day health be benevolent for me and that my baby be carried most comfortably within me in the most benevolent way and that results in the most benevolent outcome for me." If you feel energy, wait until it relaxes and you simply feel calm. Wait another 10 minutes and then you can say the following Living Prayer if you like:
" I am asking that my life and my babies life within me be healthful, nurturing and benevolent."

「私の中で赤ちゃんが最善の方法で快適に過ごすことが出来、私と赤ちゃんの
健康状態が最善になり、最善の結果を生みますように。」 

この言葉を言ってエネルギーを感じたら、リラックスして、10分くらいたったら、
「私と私の中の赤ちゃんの生活が健康的で前向きで、最善のものになりますように。」

初めての出産はちょっと怖かったので、毎日この言葉を言うことにしました。

その後は順調に過ぎていって、予定日が近づいてきました。
病院で言われた予定日は9月21日でしたが、アンマが
9月7日から14日の間と言ってきたので、助産婦さんに早まるかもしれないと
伝えました。

幸運なことに、その助産婦の先生はスピリチュアルな事にとても
オープンな人で、レイのチャネリングなどにも理解をしてくれていました。

津久井助産院では予定日が近づいてくるとOリングで確認をします。
9月始めのOリングテストでは9月11日と出ました。「9・11か。。複雑だなー。」

でも9月11日になっても陣痛が来ないで12日になってしまいました。
そこで近くの八幡宮へ御参り。

そしてその日の夜、9時頃破水しました。
あわてて助産院に連絡すると、「多分夜中に陣痛が始まるから、荷物をまとめて
すぐ来られるように準備しておいて!」と言われました。
実家に帰っていたので、レイに連絡して「もうすぐだからすぐ来て!」というと、仕事から
疲れて帰ったばかりらしく、「え・・・今から??うーん。陣痛が始まって助産院に行く時連絡して。」
と言ってきました。
「何言ってるの!真夜中にこっちこれないでしょ!多分今夜になるよ。」と言うと、
「ちょっと待って、ピー子(飼っていたインコ)に聞いてみるよ・・・ああ、明日の7時に
生まれるって言ってるから明日4時に仕事切り上げて行くよ。」と言われました・・・。

今から来たくないから言い訳なのかとも思いましたが、仕方なく電話を切り、
一応荷物だけまとめて、ベットに横になると何事も無く朝を向かえていました。
その日の朝は念のため、助産院に検査に行きました。

陣痛はまだ全然ありませんでした。
「破水してから時間が経つと感染症を起こしたりして
よくない。」と言われ抗生物質と、陣痛を促進させる
ひまし油(下剤)をもらって家に帰りました。

お昼を済ませてしばらくするとお腹がキリキリいってきました。
下剤の効果か?と思って我慢していましたが、ほんとに痛い!

1時半頃だったか、先生に電話して、
「あの、お腹痛いんですけど、これって陣痛ですか?
なんとなく定期的に痛くなってるし。」と聞くと、

「あなたね、陣痛って言うのはそんなもんじゃないの。そんな普通に話せないものよ。
ホントに痛くなったら電話してきてね。」と言われてしまいました。

意外と我慢強い私は、これは下剤の痛みか、と考え直して、
床に座り込んだままウンウンうなっていました。
それを見た父が、「それってどう考えてもお腹壊したんじゃないと思うよ。」
と言ってきました。

さっきは信じてもらえなかったので、今回はちょっと深刻そうな声を出して
「ほんとに痛いんです。ハアハア。」と言ってみると、
「うーん、ちょっとはそれっぽくなってきたわね。じゃあ、いいわ。来てみて。」と言われほっとしました。

父に送ってもらって、3時半頃助産院につくと、ちょっとした検診をした後、
「ドライブに行くわよ。」と言われました。
「は??私、お腹痛いんですけど。」というと、「ドライブの揺れが陣痛を促進する」
とかいうことで車に乗せられ、津久井の端っこにある「虹の大橋」とか宮ヶ瀬ダムのほうに
向かいました。

ああいう山道には「減速帯」があって、スピードを出し過ぎないように道路がガタガタしています。
先生はそういう道を「このガタガタが陣痛をよんでくれるのよ!」と楽しそうに運転していました。
赤ちゃんが降りてくるのを想像しながら呼吸してね、と言われたので、一生懸命
イメージトレーニングをしながら痛みに耐えていました。

1時間ほどのドライブがやっと終わり、助産院に着くと母とレイが心配そうに待っていました。
もう5時半でしたが、二人はその30分ほど前について、誰もいないので
何かあったのかと心配していたのです。

すぐ部屋に戻り布団に横になると、本格的に痛くなってきました。
気絶しそうなくらいの痛みの中で、言われたとおりの呼吸法、
「ヒーヒーフー」と声をだしてしばらくすると、頭が出てきました。

「もう頭が出てきたわよ!触ってみて!」と言われたので触ってみると
ホントに頭があったので感心してしまいました。

それが6時頃。。それからが長かった。。

もう少しだ、と思ったのに、力も入らないし、疲れきって陣痛の間に何度も寝てしまって、
一回一回違う夢を見ました。そして痛みで現実に引き戻される、その繰り返し。

しかも頭が出てきていると、産道にいる赤ちゃんもつらいとか。

で、結局1時間ほどして出てきてくれました。
6時59分、ピー子は結構正確でした。

でも先生が「女の子ですよ!」と言ったので、レイも私も母もびっくり仰天。
アンマや他のチャネラーも男だといっていたし、35週の時点で病院の先生も
超音波の写真をみて「男の子ですね」と言っていたのです。

ちょっと動揺しましたが、まあどちらでもいいか。
でも名前考えなくちゃ、といった感じでした。

私が見たところ、あかちゃんはしわくちゃできれいとはいえませんでしたが、
一緒にいてくれた母はすごくきれいで洗う必要がないくらいだった、と
言っていました。

またよかったのは出産後の痛みがほとんどなかったことです。
2,3時間後には普通に歩いてトイレにも行っていました。
無痛分娩をした友人は分娩するのに気づかなかったけど、
出てきた後、麻酔が切れてそこから痛みが何日も続いた、と言っていました。

レイが生まれてすぐ、友人に電話をかけ始めました。
親しくしている、イタリア人の女性に電話をかけて、「女の子だったんだよ。」と言ったら
「やっぱり!」と言ったそうです。
私達は男の子だと思っていたので皆にそう伝えていました。
そして彼女もそう思っていたのですが、なんとその前の日の夜、彼女のところにある存在がきたそうです。
彼女は自動書記をする人なのですが、その存在は
「私の名はラマダ。レムリア時代、あなたの子供だった。明日女の子として地球に生まれるから。」
と伝えてきたそうです。

彼女はすぐに生まてくると言うならナオミの子かな、、と思ったそうですが
あ、でも男の子だっていってたから、これは違うな、と思いなおしたそうです。

ちなみにその後もアニヤはよく彼女にいろいろメッセージを送っているようです。

レイがなぜ男でなく女の子として生まれてきたかを聞いたところ、
「出産をして、創造を経験するため。」とのことでした。


友人からへその緒は動きが完全に止まるまで切るべきでないと聞いていました。
ぴくぴくしている間は母体から赤ちゃんにミネラル分を送っているのだそうです。
それを先生に伝えると20分くらい、実際に動かなくなるまで待ってから切ってくれました。

ロバート・シャピーロから、「赤ちゃんが生まれてから6時間は母親の胸の上に
抱いてハートのエネルギーを伝えることが大切。」と言われていました。

赤ちゃんが生まれた後、体重などを量ってお風呂に入れることになっているのですが、
先生は体重を量ったらすぐに返してくれました。

あかちゃんを抱っこして、うとうとして数時間、夜中の1時に先生が来て、
「お風呂にいれるわね」と言って連れて行きました。
よく考えていなかったのですが、前に伝えていた通り、生まれた赤ちゃんを6時間
胸に抱いておく、ということをさせるために、その間、待っていてくれたのです。

先生は以前、病院で助産婦をしていたのですが、新生児室という
システムに賛同できずに自分で産院を開いたそうです。
母親を休める為、という前向きな理由も挙げられていますが、
実際のところ病院の管理の便利さから考えられたシステムのようです。

そして成長していく中でその感情的なトラウマがその子の性質に
色々な影響を及ぼすと言うのです。

お腹の中でずっと母親とつながっていた赤ちゃんが外に出てきて、
つながりを失って不安な時に母親と別の部屋で寝なければならないのは
本当に不自然です。

実際に私の友人で新生児室に入れられた時の記憶がある人がいますが
不安で泣き続けていたら、他の赤ちゃんを起こしてしまうと言うことで
さらに別の誰もいない部屋に移されてすごく孤独で恐ろしい時間を過ごしたそうです。
人生の始まりからそんな経験をして欲しくないはずです。

医療設備の関係から助産院での出産が難しい人もいると思いますが、最低条件として
母子同室の病院を探すことがお薦めです。

津久井助産院には感謝でいっぱいです。

長愛子先生の文献
現役助産師が語るお医者さんが教えてくれない
妊娠・出産の秘密
出版社:新風舎


その他、最近知り合った方が以下の自然出産の情報を提供してくれました。

東京都杉並区;明日香医院
http://www.bh-asuka.jp/menu.html
  
愛知県;吉村医院
http://www.ubushiro.jp/
 
 愛媛県;日浅産婦人科
http://www.dokidoki.ne.jp/home1/hiasatsu/index.html  

『いのちを産む―お産の現場から未来を探る』
著;大野明子(オオノアキコ)
単行本: 309ページ
出版社: 学習研究社 (2008/01)


 
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