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Naomiの部屋

 
5年目の富士山  2009年6月21日

先週末は5回目の、富士山へのワークの日でした。
5回目、というと不思議に思えるくらい、何となく始まり、何となく毎年行うことになったワークです。
初めてのワークは2004年の春。
5月か、6月だったか、翌年開催することになっていたクライオンセミナーの関係者が東京に来ていて、富士山に連れて行ってほしい、と言われました。ドクタートッドと仕事をしているマイケルと、イギリスのシャーマンの家系のスティーブです。

富士山に初めて登ったのは22歳の時。
覚えていないけど、何か願掛けをして、姉と一緒に登頂しました。姉も私も初めての登山で、本当につらくて、しかも夜の登山で眠くなり、寒いし、大変でした。寒くて頂上にいられず、ご来光を降りる途中で拝んだあと、早く車に戻って寝たいと思い、すべるようにして降りてきたのを覚えています。その後も2回ほど、自分が変わりたい時、また目標も持った時、願掛けという形で、富士山に登りました。いつだったか、富士山から下山している途中、黒く光る石が目の前に落ちてきました。あまりにもぴったり私の足元で止り、しかもピカピカ光っているきれい石だったので家に持って帰ることにしました。
(倫理的な、またスピリチュアルな意識も持っていなかったのでもちろん、「許可を得る」なんてことはしませんでした。)
持って帰って数日経つと、その石はどんどん光を失って赤茶けてきました。
数週間後には気泡のあるただの石になってしまい、申し訳ないことをした気分になり、取りあえずしまっておきました。

2004年、レイの友人と、数年ぶりに富士山に行くことになった時、ふっとその石のことを思い出し、カバンの中にその石を入れました。
富士山に向かう車の中でそのことを話し、スティーブンにその石を見せると、「富士山に戻ることが出来てうれしいって言っている。持ってきてくれて良かった。」と自分のことのように喜んでいました。

どうやってセレモニーをする場所を見つけたのか、今では覚えていません。
何故5合目まで行かなかったのか・・・スティーブが直感で見つけた場所なのか、ただ人が少ないところがそのあたりだったのか、分かりません。車を止めて、新しく植林されたような場所の階段を上っていくと、開かれたスペースがありました。途中には小さなお釈迦様の像があり、外国人の二人が喜んでいたのを覚えています。
そしてスティーブが円を描き、東西南北の精霊を敬う、シャーマニズムの儀式を始めました。Sprit of East… 私は何も分からないまま、スティーブの素晴らしい歌声に聴き惚れていました。

翌年から、春になると富士山に行き、ロバート・シャピーロから伝えられた、土地のバランスを整えるシャーマニズムのセレモニーをしてきました。
いつも5合目で集まっていましたが、今回は広いスペースが必要になるため、セレモニーの前の週に場所を探しに行くことにしました。
スバルライン沿いのどこかの公園で・・・と考えていたのですが、当てにしていた場所はシンボルを描けるだけのスペースが見つからず、またエネルギー的にもいいと出ません。
レイがずっと前にスティーブと来た場所なのかもしれない、と言い出しました。
私の記憶でも開かれた空間だったし、いいと思うけど、場所を覚えていませんでした。
5合目の手前だったはずだけど・・・というとレイが多分思い出せるから行ってみよう、と言いました。

さらに進んみると、なんとなく記憶に残っている階段が見えました。

確かこんな場所だったよね・・・と言いながら階段を上っていくと、見覚えのある景色。そしてあの小さなお釈迦様の像がありました。
少し上に、シンボルを描くのにちょうどいいスペースがありました。
富士山の全景がよく見え、すごくエネルギーの流れのある場所です。
所謂、「気」の通り道のようにも思えました。

レイは場を清めるためか、翌週の準備のためか、シンボルを描きはじめました。

私は靴を脱いで、横になりました。
裸足になると体中の疲れがすっきり流れていくようでした。
仰向けに寝て空を見ていると、背中、体が富士山の一部になったようで、「自分」という存在があまり重要でなくなったような感覚をおぼえました。
いい場所を見つけられたので、ほっとして帰路につきました。

前日の土曜日。
私はその日の朝の合気道で汗をかいたせいか、よくなる軽い脱水状態の頭痛が始まり、午後ひどくなり始め、夕方には起き上がれなくなっていました。たまに飲むホメオパシーの頭痛薬が全く効かず、翌日の準備も出来ないままベッドで唸っていました。仕方なく普通の痛み止めを飲み、夜中の2時ころ、痛みも治まってすっきり目が覚めると、今度はレイが「歯が痛い・・・寝られない。」と言ってきました。
何か特別な日の前はいつもこう、乗り越えないといけない何かが起こります。
レイが、明日は富士山の浄化をすることになるけど、あの土地にいる幾つかの魂がそれをよくは思っていない、と言ってきました。

レイが痛み止めも効かない、というので本棚からつぼ治療の本を探し、「歯痛」のところを調べると「合谷」のつぼ・・・10分ほど押していたら寝てくれました。
気がつけばもう3時。
やっぱり何かネガティブな作用が働いているのかなーと思って富士山を想像してみると、大天使ミカエルなのか、大きな存在が私たちを待っているイメージが見えたので安心して眠ることにしました。

当日の朝は天気もよく順調に出発出来ました。
心配だった渋滞もなく、予定通り富士山の五合目近くに到着。

参加者が3つのグループに分かれて、「地」「風」「水」の3つのシンボルを地面に描きました。レイが紙に書いたパターンをもとに、そのシンボルに共感した人が石でそのシンボルを描きます。私は地だ、と思いましたが、描くのには参加せずに、レイと一緒に他のシンボルを見て回ることにしました。地面に描かれた「風」のシンボルを見た時、初めてクロープサークルの写真を見た時と同じような強い衝撃を受けました。パターンそのもののエネルギーなのか、石を並べた人の思いなのか・・・。「風」のシンボルを作った人達を見てみると・・・なるほど「風」っぽい・・・感じでした。
一番人気があったのが「水」のシンボルでした。捧げものとしてクリスタルだけでなく、いるかの像や、そしてシンボルにはなかった太陽があったのもぴったりな気がしました。

一つ一つのシンボルにトーニングによってエネルギーをチャージしたクリスタルを埋めていきます。そのトーニングの間に瞑想しながら、毎年行っていた、ロバート・シャピーロの地盤を固めるためのワークを始めました。富士山の頂上から黄金の針を刺して、マグマを地下深く流して地盤を固めるという方法です。富士山をイメージしていると、富士山は、本当に中心の存在であることを感じました。

最後にロブが富士山の存在をチャネリングした時、富士山は日本だけでなく、レムリア大陸の中心だった、というようなことを言っていたのでなるほど、と思ってしまいました。

「地」のシンボルに戻って、出来上がったシンボルを見てみると、本当に地に深く入っていくようなグラウンディングのエネルギーでした。とうもろこしが飾ってあったのもぴったりでした。

やっぱり欠かせないのが子供達です。
恥ずかしがりの子、やんちゃ系の子、行動はそれぞれでしたが、内側には
純粋で中立なエネルギーを保っていて、セレモニーにはとても大切な存在です。
大人は内側に色々抱えていても、一定の行動をすることが多いけど・・・。

空気が薄いせいなのか、トーニングによるものなのか、もしくはこの場所の特性なのか、頭が少しぼーっとして、セレモニーの過程が夢のように過ぎて行きました。

セレモニーを終えて、その場所で昼食を取ることにしました。
アニヤはちょうど同じ位の年の女の子がいたので上機嫌で遊んでいました。
私はまた裸足で仰向けになって、「無」なのか「ワンネス」なのか、
心地いい感覚を楽しみました。

食事の時間が終わると、雷が鳴り始め、雨が降ってきました。
あまりにもちょうどいいタイミングです。
1時間ほど続いた大粒の雨・・・シンボルのエネルギーは地中に浸透していったことでしょう。
セレモニーは歌ったり、踊ったり、楽しい環境で終わらせるように言われています。
帰りのバスの中で声優のまきこさんが歌を歌ってくれることになりました。
でも、実際に歌うことになった時、やっぱり空の下で歌いたい、ということになりました。
雨がやんだので、バスを3合目辺りで止め、歌の時間にすることにしました。
まきこさん姉妹が歌ってくれた後、弾き語りの勉強をしているえびさんがアイルランドの歌を歌ってくれました。戦争に行ってしまった息子に対する歌で、これも本当に素晴らしかったです。

その後、海鳴さんがトーニングの音を合わせた歌を作って歌ってくれました。
その曲がとても心に響いて、雨上がりの緑のにおいと、聞き入っている人たちの静かな呼吸で時間が止まったようでした。

温泉には行けませんでしたが、予定通り新宿駅に到着・・・楽しい一日でした。
ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。


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