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Naomiの部屋

 
インド −ケララ  2008年12月

ケララではレイが数十年ぶりに親戚に会うことの他に、育った家に建てたアンマの社で
プージャ(儀式)をすることになっていました。

レイの母がアンマの光を見た、というその場所はレイの家族にとって特別な場所で、
数年前、親戚がお金を集めて社を建てています。

去年私が行った時はプージャには間に合わず、社が閉まっている状態でお参りしました。
慣習から、お坊さんがいないと社を開けてはいけないのです。

レイは小さい頃からインドの不平等なシステムに反感を持っていて、ブラーミン(上のカースト)しか
入れない寺院があることや、お坊さんにひれ伏して足を触ったりすることが嫌だったといいます。
家族の中でも、例えばお祖父さんは尊い存在なのでやはり挨拶は足に触れることなのだが、
それが出来ないレイは問題児でした。
レイは、インドで生まれ育ったものの、全くその文化が合わず、いつもアメリカに行きたいと言って、
アメリカに関する本ばかり読んでいた、とレイの妹が言っていました。

インドを出ても、結局レイはインド人で、それでも自分の中のインド人的要素を認められないで、
インドを意識的に避けていたようなのです。
やっと準備が出来て、その部分を認めることが出来るようになったようでした。
今回の旅は自分の中の統合、癒しの旅になるだろうと言っていました。

プージャの場所に着くと、すでに社は開かれていました。
とても拡大されたエネルギーです。前回見た時とはまったく違います。
社が開かれているからなのか、他に理由があるのか、良く分かりません。

お坊さんによってプージャが進められていきました。
終わりに近づいたころ、レイが社の前でチャネリングを始めました。
「私はシバ(神)である・・」
何の説明もなしに、です。二ビに隣に座ってマレワラム(ケララの言葉)に訳すように促しました。
回りの人、ほとんどが親戚ですが、びっくりしながら何事かと見ています。
私はお坊さんに失礼ではないかとはらはらしながら見ていました。
レイは家族のこと、その場所、その社について伝えていました。
片づけを始めていたお坊さんは周りの人と一緒に聞きはじめました。
一通りのメッセージが伝えられ、何か質問はあるか、とレイが聞くと、驚いたことにそのお坊さんが
最初に、「最近、胃の手術をしたこれから私はどうなるのか?」という質問をしました。
レイがこれからもっと忙しくなるので後を継ぐ人を見つけ訓練することなどと話すと、
考えていたところだ、と彼が答え、それを機会に何人かが家族のこと、病気のこと、
仕事のことについて質問を始めました。

海外から久しぶりに帰ってきたと思ったら怪しいことをはじめて・・・と嫌がられると思っていた私は
あまりにもスムーズな展開にきょとんとしてしまいました。
後から叔父のナラに「レイがあんなことをして皆びっくりしなかったかな?」と聞くと、
「ここはインドだからみんな慣れているよ。」という返事が返ってきました。

次の日は親戚を回りました。
その中の一人が、レイの苦手な叔父さんでした。
子供の頃、無愛想で、でも尊敬しなければならないその叔父に対して、
やはり足に触れるのがどうしても嫌だったそうです。

数十年ぶりにその叔父さんと顔を合わし、レイは不思議と、躊躇なく彼の足に触れることが出来きました。
すると、なんと彼もレイの足に触れ、お互いに見つめあいながら涙を流していました。
本当に癒された瞬間だった、とレイが言っていました。

夕方、町の一番大きな寺院であるアンナプルナ寺院にお参りしました。
この名前が、私がネパールでトレッキングをしていて倒れたアンナプルナ山を同じだったので、
あることを思い出しました。

母との関係のことです。
私は4人兄弟の末っ子で、特に仕事をしていた母にはあまりかまってもらった記憶がありませんでした。
姉が二人もいるのでさみしいと思ったことはほとんどなかったですが、それでもいつも必要な時にいてもらえず、
少なくとも頼りになる存在ではありませんでした。
私が大学に入った辺りから母はあまり社会的なことにこだわらなくなり、それ以前に比べ、
とても付き合いやすい人になり、私にとっての母は「新しい友人」になりました。
それでも、母の存在について、その大切さについてよく考えたことはありませんでした。

アンナプルナで死に直面した時、一番初めに考えたのは母親のことでした。
そして母には私が最後まで幸せだったことを理解してほしいと強く思いました。
そしてその瞬間に、自分にとってこれほど母親が大切な存在だったことに驚きました。
母親が論理を超えた、強い波動を持っていることに気づいたのです。

帰国してこのことを話すと母は泣いていました。
よくこんな精神的なことを母に話す気になったな、とその時は自分でも驚きましたが、
この経験があってから、私と母の関係はより深くなりました。
その後、私の精神世界への探求が始まるのですが、母には気兼ねなく話すことが出来ます。
私の家族はこういった精神的な哲学とはまったく無縁で、レイがチャネリングを始めた時も、
その話を出来たのは当初、母だけでした。

アニルートと、ニビの親子の間でコミュニケーションが出来なくなっている時に
このようなことが起きたことにとても深い意味を感じました。
アニルートも、ニビにとっても家族の大切さについて考えるとてもいい機会になったと思うのです。
 ジャングルでの癒し

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