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Naomiの部屋

 

アンナプルナで

イスラエルから日本に戻った後、ネパールへトレッキングに行くことにしました。
カトマンズやポカラでラフティングなどした後、そこで知り合った友達と2,3週間の
アンナプルナ・ベースキャンプへのトレッキングをはじめました。

アンナプルナはネパールではエベレストと共に人気のある登山コースです。
色々な国から集まった登山者と共に、楽しいトレッキングが始まりました。
ところがアンナプルナの道のわずか2日目に倒れて呼吸が止まるという窮地に陥りました。
体力もないのに10時間以上歩き続けて、ショック状態となったのです。
朝5時に出発したその日、友人に遅れを取った私は追いつく為に食事や休憩を
スキップするという致命的な間違いを犯していました。
そして午後3時、朝決めた地点の一つ手前で待っていてくれた仲間が
今日はここまでにする?この山小屋に泊まろう、というのを
決めた村まで行く、と言い張り、3人で歩き始めました。

そして日が暮れかけた5時頃、あまりにも歩みの遅くなった私を心配した
友人が私のリュックを持ったのと同時に身体が崩れ、動けなくなりました。

通りががりの人がすぐに下の村まで救助の電話をかけに行き、また
仲間の一人は上の村に救助を求めに行ってくれました。

それからすぐに雨がざあざあ振ってきました。
寒さで身体が麻痺し、また呼吸が出来なくなり身体が痙攣を起こしはじめました。

「ああ、これが死ぬっていうことか。」 
まるで映画のシーンのようでした。
周りからは「きちんと食べなかったから・・」とか「もう遅すぎる」とかいう声が聞こえました。

どのくらい時間が経ったのか分かりません。
ただ呼吸をしていないのに生きて、意識もあるなんて面白いな、と思っていました。
友人が「ナオミ、呼吸をしなさい!」と怒鳴っています。
でもそんな力が出ないのです。

ヘリコプターが来ると言っていたけど、全く来る様子がない。
痛くもなく、怖くもない状態で言うことを聞かなくなった自分の身体を
傍観しながら、ふっと、前に友人とした会話を思い出しました。
「あと半年で死ぬって言われたら何する?」と聞かれ、私は
「うーん、、私はやりたい事やってきたから、やり残したことはないと思うな。
まあ、その場にならないとなんとも言えないね。」

その時の感情はというと、「まさかネパールで死ぬとは・・・イスラエルのほうが
危険そうだけど、こういうこともあるんだな。でも自分で選んだことで死ねるなら
いいか。」という感じでした。

死んだら家族は悲しむだろうな、と思いました。
やはり一番に思うのが母親です。
そして友人に「母に、私は最後まで幸せだったって伝えて。」と
言ったつもりですが、伝わりませんでした。

ああ、これで本当にこの人生は終わるのか、と思ったら「死んだらレストランも開けないな。」
という考えが浮かびました。いつかレストランを開こうと思っていた私は、当時
付き合っていた彼とよくその話をしていました。
すると私のレストランに彼と、私たちの子供とレストランに座っている場面が浮かんできました。

その時、「いいや、私はまだ死ねない、やりたいことがたくさんある。」と強く思いはじめました。

そうおもった瞬間、胸のあたりに何かが広がっていくのを感じました。
以前、何かの本で、心の中に宇宙がある、というような文言を読んで、どういう意味だろうか、
と疑問だったことを体感したような感じでした。
そしてその時、「私には力がある、もしここで生きるって決めれば生きられるんだ。」と
考えが頭に浮かんだのです。
湧いてきた力で一生懸命呼吸を始めました。

しばらくすると、上の村から救助の人達が到着しました。
彼等に担がれて次の山小屋まで行き、気がついたときはベッドに横に
なっていました。看病してくれていた友達が、たまたま通りかかったカナダ人旅行者を
案内しているネパール人ガイドがヘリコプターを呼びに下の村まで電話をかけに行ったけど
戻ってこない、と言っていました。

そのカナダ人ジョンは、私みたいなバックパッカーと違い、会社の貴重な休みを使ってトレッキング
に来ていた営業マンで、私のせいで足止めをくらい、ベースキャンプまで行く時間が
ないのでガイドが戻ったらポカラまで下るようでした。

私が申し訳なさそうにしていると、ジョンは笑い飛ばして、倒れたのがたまたま君だっただけで、
明日は僕かもしれないんだから、と言っていました。
それより、と言ってダライラマの本をくれて身体を直す為にもヨガをするといい、
肉体と精神のバランスが取れるから、と言ってくれました。
しばらくたって、山小屋にヘリコプターが到着して、そのままふもとの町、ポカラの病院へと
運ばれました。脱水症状にもなっていて一週間ほど入院、力は出ないものの、退院して
インドに向かうことにしました。人生って分からないなーと思いながら。


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